我が校の歴史
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帝塚山学園の歩み
昭和39年駅周辺写真
昭和39年
 帝塚山学園は、姉妹校の帝塚山学院(大阪)の創立二十五周年で、紀元二千六百年にもあたる昭和15年(1940)に、記念事業として、男子のために中学校・高等学校と一貫した七年制高等学校を設立し、さらに大学も開設して一大綜合学園を創り、この学園を中心とした文化都市を建設しようという大理想のもとに発足したのが本学園のおこりである。
 この計画は、庄野貞一学院長と、森礒吉女学部主事とが進められた。
 最初の七年制高等学校という計画は、法令上に制約があったために、男子中学校を設置することに変更された。
 帝塚山学院の二代目山本藤助理事長の斡旋で、鉄鋼報国会から五十万円の寄付をうけて設立資金の基礎を固めた。学園が買収した土地と大阪電気軌道(現在の近畿日本鉄道)の金森乾次専務の多大な協力によって、「菖蒲池駅」と「富雄駅」との中間の土地十六万八千坪を学園設立予定地とする、新設した駅を「学園前駅」と命名された。(生駒郡伏見村菅原)
 昭和16年(1941)財団法人帝塚山学園設立および帝塚山中学校設置を文部省に出願する。同年二月に認可されて、あやめ池遊園地内の航空科学館を仮校舎として、開学式ならびに入学式を同年4月10日挙行して、一学年生174名が入学する。
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